WAIMARAMA

interview 02

ルドウィッグ・ヴァネロン
とは何者か?

シャトー・ワイマラマの醸造コンサルタントを務める私は、パリ近郊で生まれました。家族にワイン関係者はいませんし、当初は石油化学の分野に進むつもりでした。ところが23歳の時です。兄の結婚式で出てきたワインをひと口含んだ瞬間、なにか不快なものを感じました。それをソムリエに告げると、彼はすぐさま別のボトルに取り替えてくれたのですが、新しいワインのほうは正常でした。すると家族が揃って、「ルドウィッグ、君はワイン醸造を学んだらいいんじゃないか?」と言い出し、ボルドー大学の醸造学部に進むことに決めたのです。
1998年に学位を取得した後、海外のワイン産地を見て回り、帰国してからミシェル・ローラン氏の研究室で働きました。ローラン氏はご存知のとおり世界的に有名な醸造コンサルタントで、ボルドーではポムロールのル・パンやサンテミリオンのヴァランドローを有名にし、カリフォルニアではハーラン・エステート、チリではクロ・アパルタなど、数々の銘醸ワインを手がけた人物です。私もローラン氏とともに、いくつもの有名シャトー、海外のワイナリーを回りました。イタリア、インド、それにアルゼンチンなど。とても刺激的な経験でした。
※写真はサンテミリオンの畑風景
ローラン氏のもとで8年働き、その後、あるワイナリーのテクニカルマネージャーになりました。2011年に醸造コンサルタント会社「エノスマート」を立ち上げ、現在はシャトー・ワイマラマをはじめ、いくつものワイナリーと働いています。ボルドーで15のシャトー、それにアルメニアとトルコのワイナリーです。そうそう、日本の皆さんがご存知の、サッカー日本代表元監督、フィリップ・トルシエさんがボルドーに所有するシャトーの管理も任されていますよ。

ワイン造りの哲学

ブドウとワインとの絆が大事です。ワインの出来は6割がブドウ、人の手は4割に過ぎません。まずはブドウ栽培においてテロワールのポテンシャルを引き出し、それを最大限、ワインに反映させなければなりません。テロワールとはフランス人が好んで使う言葉で、ブドウが育つ環境の、土壌や気候といった自然条件を総体的に表しています。
私の師であるミシェル・ローラン氏はとても優れた醸造家であると同時に、ブドウ栽培についても深い知識をもっていました。
以前は秋雨を恐れるばかり、多くのシャトーが早めに収穫してましたが、ローラン氏はブドウが十分熟してから摘み取ることにこだわりました。そこでブドウがよく熟すよう房を間引いたり、余分な葉を取り除いたうえ、収穫をそれまでの常識よりも2週間遅らせました。おかげでアロマが豊かで凝縮感に富み、フェノール成分の豊富なブドウが得られるようになったのです。
この最上の素材をふたりの醸造家がワインにすると、面白いことにふたつの異なるワインが出来上がります。アロマを重視する造り手もいれば、味わいの凝縮感を追い求める造り手もいるからです。じつは異なるテロワールで似たようなワインに仕上げることも、まったく同一のテロワールから異なるワインを生み出すことも可能です。しかしながら私は、テロワールに忠実なワイン造りを心がけています。醸造ではブドウの優れた成分を引き出し、熟成では全体のバランスを重視しています。

ワイン造りにおける旧世界
と新世界の違い

ワインは黒海周辺のグルジアやアルメニアで、紀元前6000年頃生まれたと考えられています。その文化が次第に西へと移動し、ボルドーへは紀元1世紀頃、ローマ人によってもたらされました。このようにフランスやイタリアなど、旧世界と呼ばれる国々でのワイン造りはとても古く、そこに住む人々の営みに深く根付いています。
その長い歴史の中で、私たち旧世界の人間はテロワールという概念を構築しました。土壌や気候といった自然条件こそ、ワインの質を決める大きな要因と考えたのです。昔は醸造学など存在せず、人々は運を天に任せてワインを造っていたので、そのような考え方に至るのも至極当然と言えるでしょう。そして、私たちは長い歴史の中でテロワールに適したブドウ品種を選別し、産地ごとに特徴のあるワインを生み出しました。これが現在、フランスワインの基盤となっているAOC(原産地呼称)のコンセプトです。
一方、ワイン造りの歴史が300年にも満たない新世界では、今ようやくその土地に最適なブドウ品種はなにかに気づき始めたところです。それは見方を変えれば、大きな可能性を秘めている証であり、伸び代の大きさを意味します。
また新世界では若いうちから美味しく飲めるワインがもてはやされる傾向にありますが、旧世界では味わいの複雑性や熟成のポテンシャルこそ偉大なワインの条件と考えています。今後は新世界でも、ボトルで何年も寝かせられ、香りや味わいの変化が楽しめるような、深みのあるワインにシフトしていくべきでしょう。
Profile
醸造家 / WinemakerLudwig Vanneronルドウィッグ・ヴァネロン

ボルドー大学を卒業後、1998年にミシェル・ローランの下で、醸造家としてのキャリアをスタート。その後、仏ベルジュッラク地区の名門シャトーの総責任者を経て、2011年に独立。ブドウの栽培&ワイン醸造のコンサルタントとして活躍中。